平成24年(2012)【8月5日(日)】 『回天研修2日目』

「回天合宿」
回天合宿では、戦時中、回天を積んだ潜水艦の乗組員であった
池田様からお話を伺いました。
池田様は3つの癌を抱えておられ、とても辛そうでした。
しかし、しゃべり始めるなり、ご自身の病をネタにして笑いをとられ、
その後も、最後まで力強くお話してくださいました。
共に戦った回天の仲間の想いを風化させてはならないという使命が、
池田様を突き動かしているのでしょうか。
池田様は、回天に乗って発進していく隊員をお見送りされました。
その方の遺品を、ご遺族にお届けした時の様子をお話してくださったのですが、
遺族の方から「回天の事を思い出すから来ないでくれ」
という言葉を突きつけられたそうです。
池田様は、目に涙をためておられました。
仲間の想いを肌で感じていればいるほど、辛い言葉だと感じます。
仲間はなんの為に命を捧げたのだろう、と絶望感もあったと思います。
池田様のお話を伺い、当時の方々が、どれほど日本の事を想い、
仲間の事を想い、必死で生きていたのかを感じる事ができました。
池田様と出会い、僕はこれからどう生きるべきか考えました。
それは、よりよい日本にするために、
みんなと真に団結して生きていく、ということです。
From:井浪康晴(島根大学卒、京都府出身)@JVU4期生

【現場で感じること】
事前に回天について本などを読み勉強しているのですが
あまりイメージが湧いておりませんでした。
実際に現場に行くことでリアルなイメージが湧きました。
知識+現場でリアルなイメージが出来るので、
どちらも大切だなと改めて感じました。
【松本館長のお話】
回天のお話をとても分かりやすく詳しく教えていただけ、
とても勉強になりました。
お話の中で回天以外にも特攻兵器があることを知って驚きました。
神風特攻隊は知っていましたが、震洋などは知りませんでした。
まだまだ知らないことがあるんだなと感じました。
【若者の写真を見て】
回天資料館にて特攻された方の写真を見ると切なくなります。
自分と近い年齢の方が多く命を捧げて日本を守ろうとする…本当に尊敬します。
今の自分はどうなのか、特攻された方と比べたら自分が情けなく感じます…
何でも出来るのに何もしていない…
この気持ちを忘れず今後はもっとやりたいことをやっていかなければ、と感じました。
From:渡辺寛高(尾道大学卒、広島県出身)@JVU4期生

【回天】
1泊2日。ここ大津島には初めて足を踏み入れた。
駅やコンビニはなく、あるのは豊かな自然のみ。
私と同年代の子たちが自分が死ぬ日を待ちながら、
この島に閉じ込められていたと思うと、
今がいかに平和であるかを実感させられる。
中には出口のない海の主人公のように、
死ぬことに対しての恐怖を持っていたものはたくさんいただろう。
家族や友人から離され、志をともにしているものが周りにいることで
訓練に耐え、回天に乗り込めたに違いない。
若い頃に来れて本当に良かった。
同年代だからこそ相手の立場に立ちやすい。
ただ時代は全く異なるため、全てを理解するのは難しい。
【当事者】
なんと回天を積んだ潜水艦の乗組員である池田勝武さんのお話を聞くことができた。
実際に体験された方の証言というのはとても説得力がある。
乗組員たちは清々しい顔であったと教えていただいた。
池田さんや整備士の方々は回天の乗組員と異なり、命は助かる。
私はその人たちの立場の方が辛かったのではと感じた。
壁が出来るのは当然だと感じた。
自分は国のために死ぬことができないもどかしさと引き換えに、
後世に伝えていく責務があると感じた。
池田さんはそれを全うしているのだ。
From:南出浩(桃山学院大学卒、大阪府出身)@JVU4期生

・回天記念館にて
記念館内には、隊員の家族に向けた手紙や、軍服など、
たくさんのものがあったが、私が一番驚いたのは写真だった。
写真を見渡すと、写真に写っている人が皆若い。
自分よりも若いのでは?と思ってみていると、若い人で17歳の人もいた。
この写真に写っていたのは、回天に乗って、
訓練中や、実際に突撃して亡くなった方々の写真だ。
自分と同年代、または若い人たちが
こんなにも亡くなったのかと思うと、非常に悲しい気持ちになった。
こんなにも若者が亡くなるような戦争は
二度と起こしてはいけないと改めて感じた。
・池田さんの話
回天を乗せた潜水艦の乗組員であった池田さんのお話を聞くことができた。
当時の若者の話や、今の日本について、平和についてなど、実際にその場にいて
戦争や回天を現実に体験しているからこそ話せる池田さんの話は、
重々しく、感じるものがあった。
お身体の調子が良くないにもかかわらず、大津島に来て、
私たちにお話をしてくださった池田さんには
本当に感謝しなければならない。
From:松田崇義(慶応義塾大学卒、埼玉県出身)@JVU4期生

【特攻した若者の思いを現場で感じた研修】
特攻とは自分の中で起きている戦争で、
最期まで自分と戦って寂しく死ぬという事を感じる研修だった。
よく回天は棺桶だと表現されて、記念館でその実物を見れた。
映画の中でも出ていたが、配線だらけで無機質、
中も実際は直径1m位で狭く暗い。
こんな中で愛する人とも会えず死ぬのかと悲しく思った。
さらに回天を発進する訓練場の実物も実際に歩いて見た。
そこに至る為のトンネルを歩いたが、曲がりくねった道は
まさに出口のないトンネルで絶望感を感じさせ、
彼らの最期は、何を思うのかを考えさせられた。
死ぬ為に訓練する若者は、自分は何の為にこんな事をするのか悩みに悩む。
特攻する直前にも、大切な家族や友人にその事実は言えない。
見えない敵と戦う。
彼らの最期を感じるには、あまりにも悲し過ぎる土地であった。
【他国への日本人の優しさが見えた】
社長の講義では、教科書に載せられておらず、
あまり知られていない日本の歴史について講義頂いた。
今回は、日本と他国同士の良い歴史を教えて頂いた事が印象に残った。
日本ベンチャー大學放送室でも取り上げられた板東俘虜収容所や、
台湾のインフラなど国の発展に貢献した東郷平八郎。
日本人の他国に対する労わりや優しさは、昔の日本人の方が強いのかなと感じた。
争う部分ばかり焦点を当てすぎず、国同士の平和を考えれる講義も良いと感じた。
【年上の人でも、特攻の話題に食いつかない人がいる】
先日電車で帰る途中、隣の70歳位の男性と今回の研修の話をする機会があった。
その人は特攻などの話題を振っても、食いつかず関心があまり無いようだった。
感情が込もってなかったんだろうか、
学生が生意気な事を言っていると思われたのだろうか。
そこで少しショックを受け、人への伝え方の難しさを感じた。
改善をして今後も人に伝え続けてゆく。
From:小林諒也(公立はこだて未来大学院卒、北海道出身)@JVU4期生

●乗組員の気持ち
池田様のお話を聴かせていただき、
乗組員の皆様の覚悟が強いものだと感じた。
回天というのは、命に関わる危険なものだ。
それでも自分から突っ込んで、国の平和のために、
愛する人たちのために戦う姿は、
今の私たちには考えられない姿なのかもしれない。
出撃前の隊員の様子は気合十分で、
その表情は、思ったよりも清清しかったのだろう。
ただ整備不良により、出撃できずに終戦を迎えた方もいる。
「ありがとうございます!!」という言葉を他の乗組員に伝え、
やはり恐怖心は相当なものだったのだろう。
命をかけて戦った皆さんの為にも、私たちは今という時間を精一杯生き、
先人の皆様に感謝をしていきたい。
From:安齋義仁(いわき明星大学卒、福島県出身)@JVU3期生

[今の豊かさの過去には尊い犠牲がいくつもある]
回天とは人間が魚雷に乗って操作をし、特攻して戦艦を沈没する為の兵器だった。
そのあまりに無謀な、悲しい作戦にがく然とした。
回天は整備や操作が複雑で故障や失敗をしやすい。
訓練で死亡する者もいる。エリートほど先に死んでいく。
正直に言うと、そんな作戦を良しとし、
我こそはと志願する若者がいた事が不思議で、悲しくて仕方ない。
お国のため、家族のため、守る為に
自分の命を投げ出してくれた若者のおかげで今の世の中がある。
私はこんな悲しい事は二度と起こしたくない。
そして、そこまで少年達が愛した日本を大切にします。
[池田さんのお話を聴いて]
教室に入って座るだけでもすごく大変そうだった。
遠くから来たのだからさらに大変だ。下手すると命にも関わるかもしれない。
口にもガンがあり、しゃべるのもつらい。講演するだけでも大変だ。
そんな中でも私達に伝えたいと来て下さる、そんな池田さんの気持ちが有り難い。
池田さんしか分からない死ぬかと思った体験の話、
手持ちの杖を潜水艦に見立てての話はとてもリアルだった。
命に関わるほどの話を淡々と話す池田さん。
一体どれほどの苦労と死線を超えたのだろうと感じました。
池田さんが何度もおっしゃていたのは平和を大切にするという事。
しかし池田さんは今は平和ではないと言う。
『大切にする』部分が抜けているからではないかと私は感じました。
回天の事を体験した池田さんはもうかなりお年を召している。
その体験談を聴いた私達は、
しっかり正確に次の世代に伝えていかなければならない。
回天の話をきちんと伝えれば、平和を噛み締められる人が増える。
[山近社長の講義]
教科書、教育、これらは非常に大事なのだと感じる。
日本人はお人好しな所があるから特に。
日本というこんなにも素晴らしい人がたくさんいて
文化もたくさんあり、歴史も古く由緒もある。
知らない、自慢しないのはもったいないと感じました。
教科書から消えてる現状では、教科書改善を訴える事、
事実を伝える事が大切だと感じました。
今から三重の実家に帰ります。津の天満宮、
一度は行かなければと感じたので行きます。
From:藤井勇貴(名古屋学芸大学卒、三重県出身)@JVU3期生

回天合宿は、人間魚雷「回天」の訓練基地のあった、
山口県大津島で、1泊2日で行われました。
島の記念館では、回天の模型や、搭乗員の作っていたもの、
そして遺書等が展示されていました。
遺書は、当然ですが一つ一つすべて異なっています。
どれも、搭乗員の思いがこめられたものです。
それを目にして、「何人が死亡した」という記述の裏には、
それぞれに異なる思いを持った、
異なる一人一人の命があるのだということを、感じました。
その後、山近社長に講義をしていただきました。
いきなり「行ったことのあるページについてだけ話す」と宣言され、
教科書をもとに順に進めていくという講義でした。
その中で、考えると歴史が嫌いになるというお話がありました。
知識を押しつけ、考えさせるという形では、確かに好きにはなれません。
この合宿のように、現場に行ってみたり、当事者の話を聞くなど、
まず、直接感じてみることが、歴史に限らず、ものを好きになる第一歩だと感じます。
2日目には、潜水艦乗員として回天を見送られた池田先生の講義。
ご高齢でお体も悪いというのに、大津島までいらしてくださりました。
気持ちのこもった話し方が印象的でした。
体験されたことや思いを、多くの人に伝えたいという強い意志を感じました。
回天の搭乗員は、いつもと変わらない様子で出撃していったというお話がありました。
死が決まっている時に、なぜそのような態度でいられるのか、
その内面を直接知ることはできませんが、今の私との大きな違いを感じます。
また、映画などの創作作品は現実とは異なるというお話もありました。
創作作品については、雰囲気をつかむことはできますが、
その内容を鵜呑みにして語らないようにします。
島には、回天を発進させた試験場や、整備工場から試験場へ続く、
回天を運びだすトンネル、上り下りした階段など、当時の遺跡が多くあります。
それらを実際に見ることで、当時そこにいた人々の思いを、
自分なりに想像することができました。
若くして回天に乗って死んでいった若者たち、それを見送った多くの人々。
合宿では、その存在と思いを、後世に生きる私たちは
絶対に忘れてはならないと、強く思いました。
回天について、戦争について、聞き、学んだことを、語り伝えていきます。
From:野田貴生(都留文科大学卒、山梨県出身)@JVU4期生

回天合宿が終わって、私が感じたことは、
当時の外国と日本の戦争の考え方の一番の違いです。
海外は、瀬戸際に立たされた時に「絶対生きて国へ帰る」という考え方です。
これは、以前海外の将兵との交流であった時に印象に残った言葉が
「戦争に行けば死は隣にある。だから、勝った負けた関係なく
その中から生き抜いて自分の国へ戻ってくることは名誉なことだ」という言葉です。
また、「戦争に負けても抵抗はできる。フランスやオランダのように」とも言っていました。
それに対して日本は、「絶対生きて帰るな」という感じでした。
「戦争で負けたらすべてが終わりになってしまう。
だから、国に生きて帰ることはできない」
この日本の考え方から生みだされた兵器が
回天や特攻隊といった兵器ではないのかと
私の中ではそのようにとらえました。
池田さんの話の中でもありましたが、祖国を守りたい、
家族を守りたいという気持ちで、
自分の命を投げ打ってでも行動した若者を尊敬します。
また、課題図書の「出口のない海」でなぜ出口のない海というのか、
小説読んでいて出撃するときのトンネルのことであることは知ってはいましたが、
実際に島に行ってそのトンネルを通り始めて「出口が見えない」
だから「出口のない海」なのかと実感することができました。
From:森優太(日本大学卒、長崎県出身)@JVU4期生
児玉源太郎ゆかりの地めぐり

平成24年(2012)【8月4日(土)】 『回天研修1日目』
平成24年(2012)【8月2日(木)】 『京都研修最終日(8日目)』 中條高徳学長(アサヒビール名誉顧問) &JVU学生(東京校、大阪校、熊本校、徳島校) 『最後のサムライ×脱・草食男児たち』
【チームおとこし】
・南出浩(東京校・リーダー)
・森優太(東京校)
・安斎義仁(東京校)

↑写真は朝ごはんの風景と、本堂の中を拝観させていただいています。
普段は写真撮影ができないだけに、本当にありがたいです。
【チーム「さぶらう者」】
・藤井勇貴(東京校・リーダー)
・渡辺寛高(東京校)
・小林諒也(東京校)

↑おはようございます! チームさぶらう者・記録係の小林です。
泊めて頂いた立派で広いお部屋の掃除をさせて頂きました。
朝のおつとめという、日蓮宗のお経の読み上げに参加する貴重な体験もさせて頂きました。
朝食も頂き、本当にお世話になりっぱなしで申し訳ないです。
これからお礼を述べて出発する予定です。
【チーム「海坊主」】
・野田貴生(東京校・リーダー)
・井波康晴(東京校)
・松田崇義(東京校)

↑先程、庭の草むしりをさせて頂きました!!
快適なお部屋を貸して頂いたので、目覚めも抜群で、気持ちよく掃除ができました。
泊まれる場所があるということは物凄くありがたいです!!
これから牧師さんに挨拶をし、会場に向かいます。
中條高徳学長(アサヒビール名誉顧問)
&JVU学生(東京校、大阪校、熊本校、徳島校)
『最後のサムライ×脱・草食男児たち』

↑京都研修を終え、学生全員集合しました!

↑発表前、オリエンテーションの様子です。

↑京都研修全日程のまとめムービーで過酷な研修を振り返る・・・

↑ベン大名物、将来の宣言!!

↑チームおとこし(南出、森、安齋<東京校>)の発表

↑チームさぶらう者(藤井、渡辺、小林<東京校>)の発表

↑チーム海坊主(野田、松田、井浪<東京校>)の発表

↑チーム平成維新(森、藤井、隈江、高谷<大阪校>)の発表

↑チーム色恋沙汰(玉川、新城、橋本、牛島<大阪校+熊本校>)の発表

↑徳島ええじゃないか(島本、瀧口、香川、安藝、井上<徳島校>)の発表

↑山近義幸理事長代行(ザメディアジョン社長)の講演

↑中條高徳学長(アサヒビール名誉顧問)の講演

↑大阪校・大西昌弘校長(リビアス社長)の講演

↑優勝は・・・チーム徳島ええじゃないか!! 中條学長直々に表彰です。

↑懇親会の様子・乾杯!! みんなお疲れ!!

↑徳島校、鈴江崇文校長(フィット社長)から祝福の乾杯!!

↑中條学長、懇親会の席でも、熱弁を奮ってくださいます。
●普段のありがたみ
7月27日から8月2まで京都修行1週間を通して
私は、普段の有り難みを知りました。
それは、便利になり過ぎた現代に慣れ親しんでいるということです。
初日と2日目は、ちゃんとした場所で宿交渉が成功して寝泊まりをしたので
この調子でやっていくか、ということをその時は思ったのだが、
3日目から野宿が2日続いた。
そして、4日目に宿が私がみんな反対しているのを説得して
教会に宿交渉して成功したときに、初めて普段の生活にありがたさを実感した。
普段の衣食住の素晴らしさに感謝。
●知らない部分
24時間丸々同じ時を過ごし、メンバーの知らなかった一面が多々あった。
以前、江の島の合宿で、仲間の事をある程度深く知ることはできた。
だけどそれは、ほんの一部だった。本当にほんの一部だった。
今回の京都研修では、とにかく辛いという言葉しかなかった。
だからこそ、本当の人の中身が見えたのかもしれない。
その人の欠点、その人は追い込まれるとどうするのか。
そんな経験があり、また、自分もどうなるのか…。
全てというわけではないが、それが分かった。
今回の京都研修での問題は、宿交渉ではなく、
あくまでそれは、表面上の問題だと私は思う。
本当の問題は人間関係だ。
これはメンバーのだれであっても、必ずこのようになるだろう。
もともと育ちも違えば人生も違う。普段付き合う人間すら違ってくる。
だから、折り合いをつけないといけない。でないと衝突が起こる。
From:森優太(日本大学卒、長崎県出身)@JVU4期生
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「京都合宿」
京都合宿は、ものすごく良い経験でした。
本当に大切なものを知る事ができました。
京都合宿は1週間ずっと仲間と一緒です。
ここまで密に人と一緒に過ごした経験がない僕は、すごい戸惑いました。
体も精神も両方きつかったです。
1日だけでも、ゆっくりしたいと思う時もありました。
でも、やっぱりがんばろうと思いました。
それは、人間関係の問題から逃げたくなかったからです。
合宿中は、一緒のメンバーである野田くん、松田くんと
「本当の仲間になりたい」と思いながら動いていました。
どうやったら心を通じ合わせる事ができるのか、そればかり考えていました。
考えるのは良いのですが、考えすぎて、マイナス思考になり、
それによって疲れて、結局、行動に移せなかったのが大半です。
理想通りにはいきませんでしたが、仲間と時間を一緒に過ごす時間と環境こそが、
人生の醍醐味の一つだと感じました。
いろいろと大変でしたが、京都合宿万歳です!!
ベンチャー大學の講義の中で、一番価値のあるものだと個人的に思います。
From:井浪康晴(島根大学卒、京都府出身)@JVU4期生
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【当たり前が有難い】
一週間、極力お金を使わずに京都で歴史探索…
初めは、簡単だと感じていましたが実際やるととても過酷でした…。
帰るところがない不安さ、食べ物が少ない恐怖、精神的にとても辛い経験でした。
お寺に宿交渉や川で洗濯など、今まで体験したことのないことを数多くしました。
今でま、これまでの当たり前の生活がとても有難く感じております。
【人の温かさ】
最終日に泊めていただいたお寺の住職さんはとても優しい方でした。
食事からお風呂まで何でも面倒を見て下さり、感動しました。
それまで30件以上断られていたので、
心も折れかかっていたので元気もいただきました。
京都研修では人の優しさを強く感じることが出来ました。
【チームワークの難しさ】
極限の旅だとチームワークもうまくいきません。
それぞれ価値観が違うので、合わせることは難しく、
日増しに仲は悪くなります。
そこで大切なことは我慢だと感じました。
自分には我慢が足りないと感じることが多く、
京都研修で改めて強く感じました。
日常生活ではなかなか気にならないようなことも、
この限界の研修では浮き出てくるのだなと感じました。
From:渡辺寛高(尾道大学卒、広島県出身)@JVU4期生
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●人の温かさ
自分たちのテーマである平家物語を丁寧に教えてくだっさた住職さんや館長さん、
宿を提供していただき、ご飯までご馳走してくだっさた方々、
私たちの頑張ってる姿を見て飲み物やお菓子をくださった方々、
全くの他人なのに、京都ではたくさんの方々にお世話になった。
京都研修中は、御恩をもらってばかりだった。
これから自分は、困っていそうな人がいたら積極的に声をかけるなど、
今までもらった御恩を返していきたい。
●仲間の大切さ
7月26日から8月2日までの8日間、
およそ175時間チームで一緒 に行動した。
これだけ長い間ずっと一緒に行動すると、メンバーに対して苛々することもあったが、
助かる部分もかなりあった。
歩き回って疲れていて、もう動きたくない時でも、
誰かが前を引っ張って歩いてくれるから、自分も歩けたり、
宿交渉でくじけそうな時も、まだ頑張ろうよと言ってくれたから頑張れた。
自分1人で8日間京都研修を行ったらできそうもないことを、
仲間がいたから乗り切ることができた。
仲間の大切さを認識した8日間だった。
From:松田崇義(慶応義塾大学卒、埼玉県出身)@JVU4期生
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【食の有り難み、見返りを求めない行動】
食の有り難み、人の見返りを求めない真の優しい行動を身をもって体験した。
それは極力お金を使わないという、極限の経験をしたから感じられた事である。
街を歩いて周りを見れば、辺りはモノに溢れている。
けれど私達は、そのモノを買えない事で、非常にお腹が空いて喉が渇いた。
その中で、私達に飲み物をくれたり、休ませてくれる神社があった。
最終日にはお寺に泊めさせて頂き、広い部屋・お風呂・お食事まで用意して頂いた。
野宿に慣れた私達は、普段あるものに感謝し尽くし、
住職さんの見返りを求めない行動を尊敬した。
今後は、一粒のご飯にも作ってくれた人へ感謝して味わい、
受けたご恩を別の困っている方に必ず返してゆく。
【詳しい人から話を聞くとき勉強して行く事の大切さ】
神社や寺に行って宮司さんや住職さんにお話を聞くとき、
あまりにも知らなさ過ぎて「勉強してこい」と怒られた事があった。
失礼な事をしたと思った。
基礎知識を入れていないと、そこでしか聞けない話を聞く事ができない。
それではプレゼンをしても面白くない。
今回の研修は沢山まわる場所があって、
一つ一つ勉強して知識を入れるのは大変ではあった。
それでも相手から話を引き出せる様に、
こっち側で準備して質問を作る事の大切さを感じた。
【初対面で信用してもらう事の難しさ】
宿交渉で、私達を信頼して泊めてもらう事の難しさを感じた。
いくら大學の研修で宿交渉をしてるといっても、お断りを頂く。
この「信用をして貰う」事を、短時間の会話で決める事は難しい。
しかも、他の学校も動いている事で、活動範囲も狭まり、
寄れる神社や寺も考えなければならない。
営業活動に似たものを感じ、ビール売込み研修を前に
とても良い経験となったと感じている。
今後は人にもっと信用して貰う方法を探して見付けてゆく。
From:小林諒也(公立はこだて未来大学院卒、北海道出身)@JVU4期生
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[京都合宿全体を通して気づいた事]
●畳が柔らかいという事
普段どれだけ恵まれているのかを知った。
お金を使わないだけで、こんなにも大変なのだと…。
1日何時間も歩いて、ご飯も最小限で、寝るのは鴨川で野宿。
そんな生活を続けていたせいか、合宿最後の日に宿交渉でOKをいただき
泊めて下さったお寺では、その有り難さを極限まで感じました。
『畳が柔らかい』生まれて初めてこんな言葉を使いました。
お寺ではご飯をいただきお風呂をいただき見させて下さり、
この上ないもてなしを受けました。
有り難い、申し訳ないという感覚が体の底からワーッと溢れてきました。
この感覚、二度と忘れません。
●人を泊めるというのは大変だという事
当たり前の事だがよく分かっていなかった。
この大変さは宿を泊めていただいたお礼に
お手伝いとしてお掃除をさせていただいた時に気づいた。
私達がお手伝いを申し出た時、やらせていただいたのは、
晩御飯の片付けや寝床の掃除などがほとんどだった。
自分達が使った所を片付けるだけで時間がほとんど過ぎていった。
その時に人を泊めるだけで、こんなに大変なのか、という事を知りました。
そんな大変なお願いを急な飛び込みにも関わらず
了承してくれたお寺の人には頭が本当に上がりません。
こんな温かい人がいるんだ、大きな優しさに触れました。
●リーダーとしてとるべき行動
当初、この合宿は『野宿』が大変なのだと思っていた。そうではなかった。
野宿など極限な生活を繰り返した後にくる『人間関係』が大変だった。
遅い、意見が合わない、消極的、普段なら気にしない小さな不満も
大きく心に響き、ストレスがたまった。
人それぞれの感覚を尊重しなければチームはまとまっていかない。
今、思えば、チームメンバーに助けられた部分はたくさんある。
その事を忘れず、これからも相手の立場に立つ事を考える。
From:藤井勇貴(名古屋学芸大学卒、三重県出身)@JVU3期生
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【ベクトルを合わせる】
今回、私がもっとも苦戦したのは人間関係である。
普段共に講義を受けているにも関わらず、
メンバーの知らなかった一面が多々あった。
24時間丸々同じ時を過ごし、
悲しみや喜びをともに分かち合うことで見えてきたのである。
そんな環境に加え、我々のメンバーは性格や価値観がバラバラ。
何度も投げやりになってしまったリーダー・南出。
勝手な行動ばかりとる森くん。
自ら意見を言わず何を考えているかわからない安齋くん。
そんな3人であったが、何故か高順位であった。
その理由は、京都研修の個人目的、チーム目的の確認を
定期的に行っていたからだと考える。
安齋くんの個人目的である、宿交渉を成功させる、というのには
チームが一丸となって取り組んだ。
1位になることをチーム目的とし、どうしたら1位になれるかを
みんなで常に意識していた。
この2点が非常に大きかった。
なにより、これがなかったらバラバラのまま終わっていただろう。
ベクトルを合わせることは、非常に大切であることを身をもって実感できた。
【普段の有り難みを知る】
お金を極力使わないというのが最優先ルール。
我々のチームは初日から、喉が乾いたら自動販売機でジュースを購入、
汗をかいたからと銭湯へ…と、まるでルールを無視していた。
喉が乾けば公園の水、汗をかけば濡らしたタオルで拭く、といった思考が働かなかった。
便利になり過ぎた現代に染まりきっていた。
昔の人は自動販売機なんてものはなく、体を数日洗わなくても生きていけた。
しかし、実際にそれをしろ、と言われても難しかった。
甘えである。
2日目、3日目と言われるがままルールには従っていた。
そして、野宿が2日続いた。
4日目、3日ぶりの宿が決まり、温かい布団にありつけたとき
初めてこの京都研修の趣旨が理解できた。
最終日には、温かい食事を振舞っていただいたお寺にも出会えた。
普段は当たり前にある食や住。
当たり前でなくなることによって、初めて普段の有り難みを知れた。
From:南出浩(桃山学院大学卒、大阪府出身)@JVU4期生
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●宿交渉
私にとっては2回目の京都研修ということもあり、
昨年出来なかったことをどうしてもやり遂げたかった。
その一つが宿交渉だ。
昨年は小林さんに決めてもらったお陰で、チームとしての成功ゼロは免れたが、
決め切れていない悔いは残したままだ。
今年は何としても決めようと、意気込んでいた。
ただ、実際には空回りが多く、宿交渉はおろか、
話さえ聞いてもらえないことが続いた。
それが続くと焦りになり、チームメイトにあたるなど、
ありえない行動を続けてしまっていた。
そんな中で私の魂に火をつけたのは、
ある大学の一般人にも貸し出しをしている寮だ。
200円を払えば泊まることができるが、
中を見ると、殺伐とした雰囲気が出ており、
絶対ここだけは寝たくない!という想いが強くなった。
その想いがあったおかげで、夜9時頃に宿交渉が決まった。
諦めない想いがおったから成功できたに違いない。
どんな困難にも、逃げずに立ち向かっていけば
必ず道は開かれる、と証明された。
From:安齋義仁(いわき明星大学卒、福島県出身)@JVU3期生
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京都研修では、平安の武士について、関係する場所を
自分達で歩いてまわりました。
京都市内に入った後は、とにかく歩き通しでした。
ここまで歩き回ったことは、人生でも他にないことだったと思います。
その中で、気付いたこと、感じたことは多くありました。
研修を通して、京都市の地理にかなり詳しくなりました。
また、嵯峨野の風景など、自分なりの見所も見つけることができました。
多くの場所で、関係者の方から直接お話をしていただきました。
たとえば、京都祇園堂では、
平清盛の起こした文化という面から見た革新を学びました。
昔から、平清盛など多くの人々が歩いた京都の街を自分で歩いてみて、
歴史上の拠点の位置やその距離感を、自分の感覚としてつかむことも出来ました。
今回の研修では、自分の足で動いてみることの良さを実感しました。
毎日の宿交渉は、日によってはなかなか決まらず、気が滅入ったこともありましたが、
その分、決まったときの喜びは大きいものでした。
泊めていただいたお寺や教会では、どこも暖かく対応していただき、
つながりが希薄になっていると言われる今の世の中でも、
こんなこともあるのかと、感謝の気持ちを持てました。
食料や宿を徹底して削る生活の中で、
普段の生活がいかに恵まれているかということが分かり、
また、野宿なども意外といけるものだと感じました。
一週間、日常とは異なる経験をさせていただきました。
この経験を通して成長したということを、今後の生活の中で示していきます。
From:野田貴生(都留文科大学卒、山梨県出身)@JVU4期生
平成24年(2012)【8月1日(水)】 『京都研修7日目』
【チームおとこし】
・南出浩(東京校・リーダー)
・森優太(東京校)
・安斎義仁(東京校)
7:00 起床
・日差しが暑すぎて目覚める。
9:30 マック
・本日の行動予定を確認。
11:00 光縁寺(新選組のお墓がある)
・平家物語の話をしていただく。
12:00 明日の準備
・これまでの調査結果をまとめる。
15:00 宿交渉
・養源寺、仏光寺、護王神社、常林寺、獨證寺など
・養源寺ではペットボトル、獨證寺ではまんじゅうをいただく。
18:00 京大の吉田寮へ
・とにかく全てが衝撃的!
18:30 宿交渉再開
・安齋くんの目つきが変わる
21:30 積●院で交渉成立
・安齋くん我々に抱きつく
22:00 夕飯、入浴
・ソーメンやシチューをいただく。
1:00 就寝
【追い込まれる】
とうとう本日で宿交渉は最後。
自分だけ交渉が決まっていない安齋くんに焦りの色が隠せない1日だった。
夕方、吉田寮の見学に行ってからは特に目の色が違った。
どうしても吉田寮には泊まりたくない、とのことで、片っ端から交渉しまくる。
人間追い込まれると、普段以上の力が発揮するとはこのことか!と感じた。
【衝撃的】
安く泊まれる、と教えていただいたのは京大の吉田寮。
日本一古い木造の学生寮であり、昔の学校みたいな造りになっていた。
なのでとにかく広い。
漫喫みたいな部屋があったり、コンピュータでゲームをしている部屋もあった。
芥川龍之介みたいな人が、超汚い寮の中にウジャウジャいた。
こんなところから天才が生まれるのか。
【所感】
本日は仲間である安齋くんに対して申し訳ないことをした。
時間が過ぎるにつれ、私(南出)と森くんは気持ちは吉田寮に傾いていた。
その時点で安齋くんは今日も宿を決めれないだろうという気持ちが少しあったのだろう。
仲間を信じてあげれなかったということだ。
しかし、宿が決まったときは驚きというよりも、ただ純粋に嬉しかった。

↑祖国寺の敷地内にある養源院様にて、宿はOKをいただけませんでしたが、
熱中症にならないようにと、ジュースをいただきました!!感謝です。

↑今晩の宿は、最悪ここです。
京大の吉田寮!!
一泊200円!!
日本一古い学生寮だそうです。
中には芥川龍之介みたいな人がウジャウジャいます。
シャワー布団付きです。
とにかくすごい!見るだけでも価値ありです。

↑本日の宿が決まりました。
積●寺というお寺です。
安齋くんの粘り勝ちです。
めちゃくちゃ嬉しいです。
夕飯もいただきます。
【チーム「さぶらう者」】
・藤井勇貴(東京校・リーダー)
・渡辺寛高(東京校)
・小林諒也(東京校)
06:00起床
08:00清和源氏の発祥、六孫王神社に向かう。
源氏にめっちゃ詳しい住職さん、40分も外でしゃべりました。
プレゼンの資料もようやく集まり終わりました。
10:30中央図書館到着、プレゼンの発表の仕方を話し合いまとめる。
途中、めっちゃ日焼けした井浪君に遭遇。
14:40宿交渉出発、プレッシャーじゅうぶん。
交渉初日は相手に怒られるか不安だったが、
今日は宿が決まるか不安だった。
インターホンを押すペースはいつもの倍だった。
18:00立●寺に泊めさせていただける事に。
今までと環境が違いすぎて有り難すぎて三人共、
住職さんに恐縮しっぱなしだった。
何から何までお世話になり、有り難い気持ちでいっぱいです。
20:00明日の発表の打ち合わせを3人でする
そして今に至ります。有り難う御座います!
明日は、6時に掃除させていただきます。
朝食までいただける…感謝。

↑立●寺様にて今晩泊めさせていただける事になりました。
お風呂、ご飯、お茶をいただけます、本当に、本当に有り難いです。

↑泊めて頂いた立●寺の住職さんから、ご馳走をいただきました。
(ビールもいただきました!)
ご飯が他所様からいただけるという事の幸せと優しさを、
最終日に身に染みて感じております。
7日振りに食べるお米はとても美味しいです。
住職さん本当に有難うございます!
お掃除・お困り事必ずさせて頂きます。
【チーム「海坊主」】
・野田貴生(東京校・リーダー)
・井波康晴(東京校)
・松田崇義(東京校)
本日は、まず晴明神社に向かいました。
晴明神社は陰陽師・安倍晴明をまつる神社です。
晴明は平家物語の時代以前の人物です。
安徳天皇誕生のときに占いが行われた一条戻り橋の一部が展示されていました。
その後、図書館で、これまでに学んだことを整理しました。
そのまま宿交渉を始めた所、本日一軒目の教会で、泊めていただくことになりました。
牧師さんには夕食もご馳走していただきました。
チーム全員疲労の色が濃いですが、明日は最終日なので、しっかりと体を休めます。

↑午前中、平家物語ゆかりの地である晴明神社へ行ってきました!
清明神社は、安倍清明が祀られている神社です。
敷地内には戻り橋が配置されているのですが、
橋が配置されている理由につながる文章が「平家物語・剣巻」に
次のように書かれています。
「源頼光の四天王の一人・渡辺綱がこの橋で鬼女に会い、
鬼女の腕を切り落として、その処置に困って、清明に相談した」と。
神社内には、パワースポットを目当てとした、
カップルや若い女性の姿が見えました。
【チーム「平成維新」】
・森一樹(大阪校・リーダー)
・藤井大地(大阪校)
・隈江秀貴(大阪校)
・高谷ひかる(大阪校)
午前9時 高谷が合流し、新選組ゆかりの地の新徳禅寺や壬生寺に行き、
新選組についての知識を深めました。
その後、京都御所へ行き、徳島校のメンバーに作務衣を渡しました。
15時半から宿交渉を開始。
寺、神社、教会を中心に回りましたが、丁寧な対応をしていただけるも、
宿泊は断られるということが続きました。
17時半、ふた手に別れてと考え始めたその時、
スクーターでビラ配りをしている男性に出会いました。
男性は飲食店の経営者で、自分のお店の宣伝を頼まれました。
その代わりにと、宿交渉を申し込むと男性は快諾してくださいました!
その後、宿で唐そばをご馳走になり、学長さん(店主の相性)オススメの銭湯へ行く。
その後、お菓子の差し入れなどをいただいたので、寝る前に掃除を決行。
掃除を終えてから、新聞アウトプット&プレゼン構成の後、就寝予定です。
明日のプレゼンは、調べてきたことを全面に出し、全力を尽くして頑張ります。

↑今日ついにメンバー全員が揃いました。
午前中は壬生寺近くのお菓子屋で情報をもらい、
旧前川邸にお住まいの田野様に新選組についてのお話を聞きました。
その後、壬生寺に行き、お寺の歴史のことについて聞きました。
午後は御所に向かう予定です。
写真はついに全員揃ったメンバーと、壬生寺で撮った1枚です。

↑先程、今晩お世話になる京都ま●び舎のご主人に
お店の唐そばをご馳走していただきました!
みんなの幸せそうな顔が…笑

↑店長と一緒に。お世話になりました!!
【チーム「徳島ええじゃないか」】
・島本将成(徳島校・リーダー)
・瀧口和也(徳島校)
・香川奈央(徳島校)
・安藝崇文(徳島校)
・井上透(徳島校)
5:45 起床
6:30 朝のお勤め(正座に慣れない瀧口の足が痺れてこける。
近くにいたおじさん一言「かわぃぃねー」)
7:15 昨日もらったどら焼きをメインディッシュに朝ご飯
8:00 泊めて頂いたお礼を込めて庭の草むしり、部屋の掃除を誠心誠意行う
11:55 お別れ。少し別れたくない気持ちもみんなで揃って
「ありがとうございます!」で締める。
12:00~14:00 京都御所周辺でお寺や、門など手当たり次第に向かう。
途中昼飯ヘルシードライフルーツ。
14:00 梨木神社で水くみ休憩。
14:45 大阪校と合流!作務衣到着!瀧口、香川装備を作務衣に。
16:00 本能寺に徳島校あり!
17:30 鴨川で、魚を捕まえる香川と井上‥‥結果ハゼ2匹
18:00 旅館に交渉も断られる。が、いい勉強になった
22:00 宿泊先決定!お風呂で、瀧口パンツ真っ二つ事件。
パンツから見事に丸見え!黒い‥‥
旅館に無料で宿泊交渉した際に、
旅館の方にご指摘頂いたことがとても考えさせられました。
「あなたたちに出来ることはありますか?何をやってくれるんですか?」
この質問には、従業員を雇っているからその仕事まで奪うことは出来ないことや、
もし泊めるならどういう利益をもたらしてくれるか?といった意味があります。
無料で止めてもらうには、相手にも損をささないような条件は一体何なのか?
ひしひしと感じました。

↑只今、朝のおつとめが終わり草抜き真っ最中です!

↑草抜きを終え、妙●寺を後にしました!!
行動開始です!

蛤御門に来ました。
蛤御門近くで、長州藩と、会津、薩摩、桑名藩との間で
起こった戦いを「禁門の変」と言います。
門の梁に、弾痕がありました。写真は弾痕発見写真です。
名前の由来は、江戸時代の大火て閉ざされていた門が初めて開かれたことより
「焼けて口開く蛤」に例えられたことから呼ばれるようになったそうです。

↑先ほどの奇跡の合流をパシャリ!!
宿交渉頑張ります!!
【チーム色恋沙汰】
・玉川黎(大阪校・リーダー)
・新城早人(大阪校)
・橋本叶子(大阪校)
・牛島知之(熊本校)
本日は昼前に幾松と桂小五郎が過ごしたという木屋町寓居跡に建てられた、
「幾松」という旅館を訪れ、専務から幾松と桂小五郎の歴史的なこと、
開業した背景などを伺いました。
そこへはぞろぞろと行くのは迷惑だとお聞きしたので一人で向かいました。
その後、お話しを参考に木戸孝允の旧邸と達磨堂に行きました。
木戸孝允の子息の忠太郎が集めただるまコレクションはなんと数万点!
たくさんのショーケースにびっしり詰まった達磨にびっくり。
思わず写メをたくさん撮りました。
木戸孝允の旧邸は改修工事を近々行うとのことで外から見るだけになりました。
そこに隣接する職員会館かもがわで、本日京都市職員の面接があるようで
スーツ姿の学生さんを見て思わず話しかけました。
今さっき知ったばかりの木戸孝允の情報をアウトプットしていました(笑)
これからすぐ合流して宿交渉をします。
ラストスパートがんばります。
【宿交渉をしつつ、いくつかの寺や神社を回る】
午前中は宿探しのために、いくつかの神社や寺を回り話を聞いた。
【木戸孝允旧邸と達磨堂拝観】
【宿交渉激化】
午後から宿交渉を本格化。しかし全滅。
【全体の感想】
宿交渉ラストということもあり、焦りがMAXに。
お互いに否定されることにブチ切れそうになったり、相手の言葉の裏読みまでする始末。
離脱する人が多いのがここまで影響するとは。
立場が一定していないので、お互いの気持ちを理解しにくくなっている。
追い詰められると、人は惨たらしくなる場を見れて良かった。

↑朝1人で撮った出雲阿国の銅像です!

↑さっきまでに五つほど神社やお寺を回りました。
特に満足稲荷神社でのお話が印象的でした。
日本人は無宗教派が多いのではなく、一神教のように排他的でなく、
色々な宗教を受け入れている。とのことでした。
一神教の人からすると日本は変な国かもしれませんが、
ある意味でそれが日本人らしさです。
無理に宗教を一つ信じるのもメリットデメリットありますね。

↑木戸孝允旧邸と達磨堂に行った。
達磨堂は木戸孝允の子息の忠太郎が集めたものでその数数万点。
達磨グッズがいっぱいでした。
木戸孝允の旧邸は老朽化に伴う改修工場のため、外から見ただけでした。
しかし、何故かは分かりませんがなつかしい気がしました。

↑廬山寺の写真を送らせて頂きます。
平成24年(2012)【7月31日(火)】 『京都研修6日目』
【チームおとこし】
・南出浩(東京校・リーダー)
・森優太(東京校)
・安斎義仁(東京校)
6:00 起床・・・緊急作戦会議。
8:00 朝食・・・最後はみんなで歌を歌い食べ物に感謝。
11:00 為木神社
・水を汲ませていただき御礼をするも、宮司さんに「別に配給してるわけじゃないよ」と言われる。
12:10 だん王法林寺
・聞き込み調査の目的を初めに告げなかったことで指摘を受ける。
12:40 大覚寺
・住職さんが長野県だということで何故か安齋くんが盛り上がる。
13:00 東本願寺
・大きいところは無理だと初めから決め付ける安齋くんに喝を入れる。
13:30 昼食
・充電を兼ねる為、マクド率が高い。
14:00 個人行動・・・三人分かれて神社やお寺をまわる。
16:30 集合
・宿交渉にはいる。
17:30 六道珍皇寺
・「今はちょうど学生のボランティアを入れてるから無理」と言われる。
19:00 京都の北の外れまで歩く。
・山の中で遭難しかける。
20:00 岩上神社・・・安齋くんが奮闘。
22:00 烏丸まで戻ってくる。
・マクドで新聞アウトプット。
就寝時間、宿は未定。
【安齋くんの本日の名言】
・森、とりあえず黙ってくれ!
・そこの角を左に右折して!
【緊急作戦会議】
今回の京都研修の目的を見つめなおす。
・南出→性格や価値観の異なるメンバーをまとめあげる。
・安齋→今年こそは宿交渉を成功させる。
・森→普段の生活のありがたさを感じる。
※三人→プレゼンで1位になる。
【別行動】
初めての別行動。
一人10件を目標に聞き込み調査。
結果は森4件、南出3件、安齋2件。
・森→観光客2人、警察官1人、変なおじさん1人
・南出→長講堂、壮厳寺、蓮光寺
・安齋→法善寺、西照寺
【所感】
本日は安齋くんが積極的に。
自分だけ決まっていないことに焦りを感じている。
安齋くんを先頭にチーム一丸となって宿交渉を重ねた。
夜9時になっても、「ちょっと行って来るわ」と
インターホンを押しに行く安齋くんの背中がかっこよかった。
明日は決めてくれます。
より多くの人の意見を得る為に行った別行動。
誰も目標を達成できなかった。
一番の原因は一人の人に時間をかけすぎた。
お茶を出していただいたり、他の話をしていただいたりと、なかなか次にいけない。
数を優先させるためには、話を早く切り上げる術も必要だ。
夕方からは計画性が欠けていた。
どんどん北に進んで行き、気づけば暗くなっていた。
中心地に戻ってくるともう宿交渉は厳しい時間。
あらかじめ、時間を決めておく大切さを学んだ。

↑本日は6時に起床。
シンガポールの女性が加わり、8人での朝食
(パン、ハム、スクランブルエッグ、オレンジ、ヨーグルトなど)
皆で片付けをし、挨拶をして出発。
写真は陰をこよなく愛する安齋。

↑一昨日喧嘩していたのが嘘のようです。
暑すぎて頭がおかしくなったのでしょうか?
【チーム「さぶらう者」】
・藤井勇貴(東京校・リーダー)
・渡辺寛高(東京校)
・小林諒也(東京校)
7時起床
8時出発、今日は八条、九条あたりで先に宿交渉。
宗教系や介護施設など幅広く行ったがダメだった。
信者じゃないからダメと言われた(笑)
トイレを貸してくれたガソリンスタンドのおじさんがすごい優しかった、感謝。
10時、別行動開始。渡辺は引き続き南の方へ、私と小林は東山区へ。
11時、神社を調べまくる。神社で会った陶器屋さんから冷たいお茶をもらう!
13時、昨日惜しいと思ったキリスト教会にいき交渉、失敗する。
泊めてもらえそうな雰囲気でも上の人の考えで結果は180度変わる。
しかし、上にきちんとかけあってくれる分、教会は有り難い。
15時 八坂神社へ着く。
清盛について聴きたいと質問したら大河ドラマを見てくれと言われた。
蓮華王院は高いので小林君を投入しました。
17時 ある程度、調べ終わり、交渉時間がない、まわる神社がない。民家も回る!
20時 三人集まり、報告、まとめ。
21時半 鴨川に向かう
今日は宿交渉メインの日、三人分かれて交渉したのに決まってない、やばい。
民家をたくさん交渉しましたが民家はお寺以上に難しい。
表札、家の大きさなどを見極めるのがすごく大事だ。
↑本日は東区で、保元の乱繋がりで、武家と天皇家にまつわる場所を訪れました。
初めに法住寺です。
平安中期に藤原為光が建立した寺で、院政期にはこの寺を中心に
後白河上皇の宮廷「法住寺殿」がいとまれた場所です。
続いて若宮八幡宮を訪れました。
後冷泉天皇により、源頼義が六条醒ヶ井の邸宅へ建てた鎮守社です。
平安時代はこの町に義家、義家の館、その東には義経の館が建ちます。
宮司さんより、清和源氏ゆかりの神社を教えて頂けました。
続いて八坂神社を訪れました。
灯籠に灯りを灯す僧を鬼と見間違えた後白河法皇に対し、
お供をした忠盛の思慮深さが伺える「忠盛灯籠」が有ります。
続いて清盛つながりで、三十三間堂を訪れました。
中の御堂を小林1人で見学し、お坊さんより、
清盛の人々と思想のつながりや三十三間堂建立の流れを教えて頂きました。
【チーム「海坊主」】
・野田貴生(東京校・リーダー)
・井波康晴(東京校)
・松田崇義(東京校)
【報告】
本日はまず、野宿場所の桂から、嵐山へ徒歩で移動しました。
嵐山で平家一門に特に関係するところとしては、渡月橋、祇王寺があります。
祇王寺は山の中の静かな雰囲気があり、
祇王や仏御前が静かに暮らしたことが想像できます。
昼からは、嵐山から都心へ、府道29号を歩いて戻りました。
この道では、寺社、田園、林と、昔から景勝地とされてきた
嵯峨野の風景を見ながら歩くことができました。
途中にはお寺があるので、宿交渉をしながらの移動でした。
仁和寺周辺までのお寺や教会を周りましたが、交渉は成立せず、
本日も野宿となってしまいました。
これまでで最も多くの交渉を行いましたが、
ただ回数を積めば良いとは限らないことを実感させられました。
本日はほぼ一日中歩き通しでしたが、
移動区間の距離を実感することができました。
今夜は京都御苑で野宿します。
明日は周辺を周り、付近の、まだ行っていない所に行きます。
また、最終日に向けて準備もしっかり行います。

↑祇王寺に来ています。
祇王寺は一時は廃寺になりましたが、元京都府知事が、
平家物語に出てくる祇王の話に共鳴を受け、再建されました。
平家物語に出てくる祇王は、平清盛に振り回され、自殺まで考えましたが、
母の説得により尼となることを選び、極楽往生された女性の事です。
【チーム「平成維新」】

テーマ「京都~最後のサムライ~」
・森一樹(大阪校・リーダー)
・藤井大地(大阪校)
・隈江秀貴(大阪校)
・高谷ひかる(大阪校)
今日は朝から霊山歴史館に向かい、新選組について調べました。
霊山観音の住職さんが最後の侍は新選組だとおっしゃっていましたが
幕府を守るという気持ちは強く、武士道を志していることが伝わりました。
その後、西郷隆盛が薩摩藩士の墓碑を建てた即宗院へ向かいましたが、
立入禁止で何も学べませんでした。
午後はほとんど宿交渉のために使いました。
寺が多く集まった場所を集中して交渉しましたが、時間を無駄にしてしまい、
20件も回ることができませんでした。
自分の交渉力にガッカリです。
19時に藤井と隈江と合流し、今に至ります。
宿交渉こそうまく行きませんでしたが、今日は人の優しさに触れることができました。
寺が多く集まった場所を教えてもらったり、宿をやっていたお寺を教えてもらったり、
住職のお子さんに泊めてあげたら?と言っていただきました。
自分が真剣にやっていれば、相手もそれだけ真剣になってくれるということを身にしみて知りました。
明日はチーム一丸となり、プレゼンをまとめ、宿も見つけます。
写真は歴史館前で撮ったものです。

↑今日は予定通り霊山歴史館に行き、幕末の人物について学んできました。
↑西郷隆盛、新選組というキーワードが挙がっていましたが、
新選組の中でも土方歳三をすごく推している印象を受けました。
その後一時間かけ、西郷隆盛が東征戦亡の碑を建てたとされている
即宗院へ向かいましたが立入禁止でした。
お金を節約するか、時間を節約するか迷うところです。
午後はチームのメンバーが2人参加するので、
一人行動の余韻で好き勝手しないように、チームプレーを心がけます。
写真は一生懸命歩いていたら見つけた冷水機です。
かなり助かりました!
【チーム「徳島ええじゃないか」】
テーマ「幕末」
・島本将成(徳島校・リーダー)
・瀧口和也(徳島校)
・香川奈央(徳島校)
・安藝崇文(徳島校)
・井上透(徳島校)
7:30 起床、朝食(頂いたパン耳)
9:00 歴史資料館で大政奉還中心に調べもの
12:00 昼食を食べにパン耳探しに出る。
14:00 瀧口、香川合流!感動の再会後に、調べもの続行。
16:00 二手に別れて宿探しを行う。
19:45 妙蓮寺にて交渉の結果、泊めてもらえることに!
21:45 遅めの晩御飯(柿ピー等々)
本日、初めて宿交渉に成功しました!!
住職さんも、対応してくださった事務の方も
みなさん優しく対応してくだり本当にありがたい。
無理なお願いではあったが、徳島にゆかりのある住職がいらっしゃって、
この出会いに感謝したいと心から思った。
準備できるのは、明日だけなので時間を有効に使って内容を詰める。
感謝の気持ち忘れない!
安藝君は今日で一度研修から離れるので、一緒にこの感動を味わえなかった。
一度の宿泊が、野宿になったこと、ごめんなさい。

↑訪問した天性寺さんで飲食物をいただきました。
ペットボトル11本、ドライフルーツ二種、蚊取り線香セット 、
くるみ、飴などその他盛りだくさんです。
【チーム「色恋沙汰」】
テーマ「幕末恋愛事情」
・玉川黎(大阪校・リーダー)
・新城早人(大阪校)
・橋本叶子(大阪校)
・牛島知之(熊本校)
(色恋沙汰)
【京都中央図書館で桂小五郎の奥さんの松子について調べる】玉川
桂小五郎と松子の心境について書かれた本を読んだ。
華やかで遊びも多かった松子と慎重で臆病な桂が惹かれ合うのは
お互いに無いものを持っているからだろうかと感じた。
【料亭に門前払い】
私の対応が悪かったのか、インタビューをすぐさま断られた。
電話でのアポ取りをすべきだった。
【宿探し二軒回る】
少し強い口調で宿交渉をしてしまった。
焦りもあってか相手の立場を考えていなかった。
・橋本かなこ
図書館で「幾松」に関する本を読む。
それから京都市役所前にある桂小五郎像を見に行って
池田屋事の今は居酒屋になっている所を見に行って
マクドにてみんな集まり意見交換幾松と桂小五郎が過ごした、
今は旅館になっている所に電話アポ。
明日11:15より話を聞きに行かせてもらいます。
・牛島知之
【護国神社へ行き、霊山の木戸孝允と妻のお墓見学。】
霊山の一番上にあり、すごい人だったんだなと再確認。
木戸孝允だけでなく、妻も芸妓から爵位を得ることが出来たほどすごい人。
その後、軽く聞き込み。収穫なし。
【霊山歴史館へ行く】
見本として飾ってあった本から木戸孝允の情報を得る。
木戸孝允さんが意外とプレイボーイ。
色んな女の子にちょっかい出して浮気もしていてびっくり!
英雄色を好む!?
妻も歌舞伎役者と浮気をして、そのために息子からあまりよく思われていなかったらしい。
【その後は宿交渉】
1人で行くことにびびってなかなか入れず、そんな自分に失望。
なんとか入るも説明うまく出来ずへこむ。
新城早人
【現場から離脱するも、情報整理などのバックアップ】
かなり助けられた。冷静な視野を持つ人がいてくれて助かった。
【全体の感想】
研修が終わりに近づくことや、睡眠時間が短いことなど
ストレスにさらされるせいか、学生の発言がとがって直線的になってきている。
本音を言うことになりやすい環境のためケンカもそろそろ起きると思う。
こう言う時こそリーダーが的になってボロボロになり、
各員の負担を減らすのかなと思う。

↑今京都護国神社の木戸孝允のお墓へ来ております!
霊園の一番上にあり、少々くたびれました。